タレパンを爆発的に普及させた2つの業界とは?配電盤向けとして誕生したタレパンの進化に注目する第2章。
タレパンは配電盤業界に向けて作られた機械ですが、意外にも配電盤業界に売れる前に別の業界で爆発的に売れました。今回は、タレパンを育て、市場に広く普及させた業界の歴史についてお話しします。
タレパンを爆発的に普及させた業界とは?
タレパン(タレットパンチプレス)は1971年に誕生し、1970年代の日本の高度成長を支えました。
タレパンは、配電盤製造に向けて作られた機械ですが、配電盤業界に売れる前に爆発的に売れた業界があります。それは、「自動販売機業界」と「電話交換機業界」です。
自動販売機とタレパン
自動販売機は、アメリカのジョージア州アトランタにあった「コカコーラ」から始まりました。日本では、高度成長期の真っ只中の1970年代、自動販売機が爆発的に普及します。
アメリカから入ってきた自動販売機は、日本の技術で大きく進化。「コールドチェーン」の技術が投入され、HOT&COOLのドリンク販売が可能となります。
タレパンの1号機が売れたのは、富士電機の三重工場です。1971年にタレパンを導入した後、自動販売機が爆発的に売れます。そこから、タレパンが良い製造機として広く認識されるようになりました。
関東では、東京三洋という企業が自動販売機を製造し、タレパンを数多く導入します。街の至る所に自動販売機が設置され、幅が大きかったサイズは徐々にスリム化されていきました。
タレパンは、自動販売機の歴史に大きく貢献。1970年代の日本の高度成長を支えました。
電話交換機(D10型)とタレパン
1970年代、日本では電話機が急速に普及。電電公社の御三家(NEC・富士通・沖電気)をはじめ、日立・東芝・三菱が電話交換機を製造していました。
交換機のD10型は、銀座をはじめとする4局に入ってスタート。交換機を使ったISDNという通信方法は、1997年にデジタル化されるまで続きます。
ISDNは電話機をメタル線でつないでいますが、最近の通信回線は、メタル線からIP網に移行しています。ISDNがなくなることで電話交換機もなくなりますが、電話交換機は全てタレパンで作られていました。
当時の通信の普及にタレパンが寄与し、電話交換機の需要がタレパンを育てたと言っても過言ではありません。
タレパンの精度向上とシェア拡大
自動販売機と電話交換機がタレパンを育て、その先タレパンは、さまざまな業界に導入されます。精度が格段に上がり、複写機やFA・OA機器、医療機器、半導体製造装置など、ありとあらゆる鉄板を加工する機械に使われることに。
アメリカでも、アマダのタレパンが売れ続けています。このようにタレパンは、精密板金市場に大きく貢献した機械なのです。
